梅の果肉と白餡、青紫蘇の香り高い調和と風雅な味わいは、時を超えて今、陸奥の名菓として広くご推奨いただいております。
※地元の素材にこだわりました
一関両磐地方の農家の庭先に育った梅の実、餅文化の里で獲れた「黄金餅」の餅粉、30数軒との契約栽培による無農薬の香り高い青ジソの葉を使い、1個ずつ丹念に手で包みました。安全で安心、そしておいしい菓子を作るために、契約農家の畑を巡回しながら土作りや種の管理まで指導協力しています。
『田むらの梅』の由来
旧一関藩主田村家は、桓武天皇の時代勅命により奥羽鎮定の任にあたった征夷大将軍坂上田村麻 呂の後裔で、一族は現在の福島県三春町に住み、義顕、隆顕、清顕の三代80年は戦国武将として名を轟かせていました。嫡子のいない清顕は娘愛姫(めごひめ)を伊達政宗に嫁がせ、その子どもに田村家を嗣がせよう としましたが、愛姫の子、忠宗は二代仙台藩主となりました。愛姫の孫、宗良(むねなが)が田村姓を嗣ぎ、岩沼三万石の主となり、二代建顕の時、一関に移り藩主となりました。建顕は「忠臣蔵」にも登場し、殿中刃傷の咎で預けられた浅野内匠頭を田村藩江戸屋敷でていちょうにもてなした逸話は有名です。(敬称略)
名菓「田むらの梅」はその田村家中興の祖で儒学や歌才に秀でた建顕公の、ことのほか梅花を愛された雅趣をしのび、十四代丕顕(ひろあき)子爵がこれを梅菓子に託して伝えるべく当 店初代に命じて創らせたものです。命をうけた当店初代小野寺主馬蔵は、さっそく田村家の館跡、釣山に咲き匂う梅に想を練り辛苦研究の末創りあげ、丕顕公はこの風味、菓格がとくにお気に召され田村の家名を冠することを許されました。
〜株式会社松栄堂〜
明治36年の創業以来、地域の風土や文化を活かした菓子作りを目指して参りました。地元農家と契約した梅の実・もち米・青紫蘇の葉を使った「田むらの梅」、地域に脈々と流れる餅文化から生まれた「ごま摺り団子」「ゆべし」など、こだわりの菓子作りを通じ、新しい時代の息吹を取り入れ、地域と共に歩んで参ります。
店主から
私はあえて地産地消を「地消地産」と読み変えています。地産池消、地域で生産される食品を地域で消費する、身土不二にも通じる大事な考え方だと思います。でも、私はちょっと違う視点で考えてみたいと思います。「近きもの喜びて来る」という言葉があります。近きもの、つまり地域の消費者が「おいしさ」で喜び食し、その風評を聞いて遠くのお客様にも来ていただける事、と思っています。地元のお客様が欲しているものを地元の生産者が提供することが基本ではないでしょうか。地元の生産者の皆さんが作った原料を使い、安全性、品質を更に向上させ、おいしいお菓子を作り続けて参ります。